vol.01
ボンドアートは失われた絵心を取り戻す!
木工用ボンドを使って絵を描く 富永ボンドさん
佐賀県のほぼ中央の盆地に位置する多久市。
東西に横断する唐津線の多久駅を下車し、歩くこと10分少々のところに、自由な表現を偏愛するアーティスト・冨永ボンドさんが主宰するボンドバという場所がある。
ボンドを名乗るその方は、名前の通り木工用ボンドを使って絵を描くようだ。
しかし、訪れてみるとそこはただのアトリエではなかった。
アートの可能性を最大限に活かし、人と人、地域と世界をつなぐ(bond)多久の文化発信基地であった。
聞き手:柳瀬武彦(偏愛紀行編集部)
多久駅を下車。山に囲まれた盆地に位置するのどかな町だ
アートが増殖する町、多久市
偏集部・柳瀬
多久には初めて来たけれど、ゆったりとした時間が流れていていいなあ。多久はアートで盛り上がっていると聞いたけれど、ほんとかな...。お!このシャッターはインパクトあるぞ。
多久古美術と書かれたお店にマッチしたアートが早速お目見え
偏集部・柳瀬
多久駅から10分弱と聞いていたけど...まだかなあ。あれ、描きかけのペイントが...!この町は一体...。
描いている途中の絵を発見。アフリカのサバンナだろうか。
偏集部・柳瀬
この辺のはずだけど...お、ここだ!目立つなあ(笑)!
今日の目的地であるArt Studioボンドバ。うっかり通り過ぎる心配はない
偏集部・柳瀬
おはようございます~!おじゃましま~す!
無心で絵を描く男あり
偏集部・柳瀬
あの~...こんにちは~。
ボンドさん
あ、こんにちは!すいません、夢中になっていて...冨永ボンドです!
自らのアートを身にまとうこの男こそ、自由な表現を偏愛するアーティストだ
アーティスト・冨永ボンドさん
創作テーマ「つなぐ(接着する)」に基づき、「アート」「医療」「地域」「世界」をつなぐ作家として、画を描く作業の大切さをより多くの人に伝えるため幅広い分野で活躍中。ショップやバーを併設したアトリエ「Art studio ボンドバ」を創設。冠番組のラジオパーソナリティーも務める。夢は世界一影響力のある画家になって、医療福祉の分野を支援すること。
屋号が導いたボンドアートへの世界
偏集部・柳瀬
アトリエとショップと...なんとも夢のような空間ですね...!いつもここで作品を作られているのですね?
ボンドさん
そうですね、いろいろな活動をしているのですが。一言で言うと、アート、医療、地域、世界という4つの分野をつなぐ活動を通して、絵を書く大切さをより多くの人に伝えています。ここボンドバは5年前に引っ越してきてオープンしました。
ボンドさんのアートやバリエーション豊富なグッズを販売するショップも併設
偏集部・柳瀬
地域から世界へ...そういうスケール感がなんだか伝わってくるような場所ですね。この場を始める前は、どのような活動をされていたのですか?
ボンドさん
僕は福岡出身なのですが、ずっと地元の印刷会社に勤めながらグラフィックデザイナーをやっていました。もう10年ほど前ですが、音楽が好きだったということもあって、福岡の親不孝通りという通りにあるクラブのイベントフライヤーはほとんど僕が作っていた時期もありました(笑)。
偏集部・柳瀬
すごい大忙しですね...!でもデザイナーということは、アートとしての絵を描かれていたわけではなかったのですね?
ボンドさん
そうなんです、初めて絵を描いたのは26歳でした。
偏集部・柳瀬
えっ!それまではまったくですか?
ボンドさん
ええ、絵を描くことにあまり興味がなかったんです。フライヤー作っても、デザイナーってイベント当日はやることないし、暇なわけですよ(笑)。僕も出演できることがないかなあと思って、その場で絵を描くライブペインティングを始めました。
ボンドさんが着ているジャケットもオリジナルのもの
偏集部・柳瀬
そういう経緯でアートの世界に。初めからボンドを使って描かれていたのですか?
ボンドさん
実はグラフィックデザイナーとしての屋号が「Bond Graphics」だったんです。ボンド(bond)って英語で「つなぐ」という意味がありまして。コラージュデザインのような、何かをつないだり、サンプリングしたりすることが好きだったんです。で、屋号がボンドだからボンドで絵を描いてみようと(笑)。
偏集部・柳瀬
それは運命的な経緯ですね...!
ボンドさん
ライブペインティングは人とアートをつなぐという想いで、今でも年間50回くらいやっています。アクリル絵の具とボンドで描くというスタイルは描き始めた頃にもう確立していましたね。
偏集部・柳瀬
それから、ボンドバも開かれて、多久の街づくりにも関わりながら、世界でも活動されていると。なんだか、ローカルとグローバルの振り幅が大きいですね...!
ボンドさん
『世界挑戦プロジェクト』という活動を2年に一回ほどやっていまして、ボンドアートを海外のアートフェアに持っていってどのような評価をいただけるか挑戦しています。おかげさまで今はパリのギャラリーと契約できて、一緒に仕事をさせていただくようになりました。
これらのアートが世界中に旅立つ日も遠くないはず
通り過ぎる町にできた立ち寄る理由
偏集部・柳瀬
ここボンドバはどのような場なのでしょうか?
ボンドさん
創作活動のアトリエなのですが、グッズやアート作品の販売、金曜日はバーを開いています。あと、月に一回開放日を設けていて、ボンドアート体験を行っています。ちょうど今日なので、そろそろお客さんが集まって来る時間ですね。
偏集部・柳瀬
近所にあったら楽しそうだなあ...。でも、どうして多久にアトリエを開こうと思ったのですか?福岡出身でしたよね?
ボンドさん
ちょうど結婚するタイミングでして、妻の職場にアクセスの良い場所に拠点を移そうと考えていました。福岡に住んでいると、多久って通り過ぎる町だったのであまりイメージがなかったのですが。
偏集部・柳瀬
そうおっしゃる方が結構多いですね。
ボンドさん
多久市は新婚さんへの住宅手当金があったのと、それからここの物件にも巡り会うことができて、引っ越しを決めました。
天井まで描かれたアート。ただかっこいいだけではなく、子どももワクワクする空間だ
偏集部・柳瀬
なるほど。ボンドバを開いて、通り過ぎる町に立ち寄る理由を作ろうというわけですね。
ボンドさん
多久市って魅力はあるのですが、正直まだまだ観光資源は少ないですし、人口2万人を切って、佐賀県の中で唯一過疎地区に認定されている市なんです。なので、市外や県外からお客さんを呼んで町の賑わいをつくろうというコンセプトで始めました。
偏集部・柳瀬
いいですねえ。こんな場が家の近くにあったら自慢したくなりますもんね。
ボンドさん
僕も初めて多久に来た時、「多久には何にもないよ、なんで多久に来たの?」って地元の人たちによく言われたんですよ。それって、来た人に失礼じゃないですか(笑)。
偏集部・柳瀬
そうですね、せっかく来たのに言われたらガッカリしますね...。
ボンドさん
今はそういうことも少なくなってきていると思いますが、町の人の意識づくりが町づくりの基礎だなってつくづく思います。
偏集部・柳瀬
でも正直、外から来た人がこんな洒落た場所を作っても、地元の方に敬遠されることもあるんじゃないですか?アーティストって、ちょっと...尖ってそうに見えるし...。
ボンドさん
ええ、それは自覚していまして。なので、間口は広くしようと意識をしています。グッズやボンドアート体験やバーなどいろんなアートへの入口を用意して、色んな角度から興味を持ってくれた方が集う場所に少しずつなってきたかなと思います。
ボンドさんのスマホケースを使っている同士が町中で出会って仲良くなることもあるとか
偏集部・柳瀬
アートでありながら、ちゃんと場がデザインされているんですねえ。それにまず、ボンドで絵が描けるんですか?ってまず興味を持ちますしね(笑)。
ボンドさん
そうですね、ボンドを使ったことのない人はいないでしょうしね。年間1000本使うのは僕ぐらいだと思いますが(笑)。せっかくなので、体験していってください!
3/1000のボンドたち
アートに失敗はない
多久市在住のお客さんの体験に混ぜていただくことに
ボンドさん
アクリル絵の具とボンドを使って、このキャンバスをすべて塗りつぶすように絵を描いてみてください。ルールもありませんし、アートに失敗はありませんから。
偏集部・柳瀬
絵心のない自分にはありがたいお言葉でございます...。
ボンドさん
できあがった作品より、絵を描くという行為とプロセスこそが大切だと思っています。絵ができあがっていくところを見ていただいて興味を持ってもらえたらと思っています。
なめらかな手付きであっという間に描いていく。ボンドは絵を描く用に黒く着色されている
ボンドさん
こんな感じでね。ではやってみてください!
偏集部・柳瀬
久しぶりに筆を持ちましたが、それだけでワクワクします。お、なかなか豪快ですね...!
一緒に体験したお客さんは、素手で勢いよく描きはじめる。普段から趣味で絵を描かれているとのこと
偏集部・柳瀬
なんだかいろんなことを忘れて目の前に集中できるような...。
無になる時間。手を動かすって大事だ
偏集部・柳瀬
むむ、ボンドの線をコントロールするの難しいな...!
ボンドさん
お、できましたね~!
偏集部・柳瀬
なんだか大人になると絵を描くことなんてないですが、こういう機会いいですね...!使われていなかった感覚が開かれていくような感じもします。
ボンドさん
そうなんですよ。絵を描くことって健康にもいいんです。
手を汚すことなく30分ほどで完成。アートに失敗はない!
アートが町の賑わいをつくる
話の続きは隣接するえのぐアートギャラリーで聞くことに
偏集部・柳瀬
駅からボンドバへ来る途中にシャッターにアートが描かれているのを見たのですが、あれらもボンドさんが手がけられているプロジェクトなんですよね?
ボンドさん
そうですね、『多久市ウォールアートプロジェクト』といいます。引っ越して来て間もなく、街づくり協議会に誘っていただいたのですが。話し合われている大きな課題はシャッター商店街をどうするかということでした。
偏集部・柳瀬
たしかに全国で共通する問題ですよね。町並みがちょっと寂しいというか...。
ボンドさん
ボンドバのすぐ裏にある商店街に80軒くらい商店の建物があるのですが、営業しているのは10店舗程度です。
偏集部・柳瀬
それだけ空いていたら、ボンドバに刺激を受けて新しくお店をやりたいという人も出てきそうなものですが。
ボンドさん
それがですね、商店街には空き家もあまりなくて。シャッターが降りてはいるけれど、中には人がお住いになっている住居なんです。
偏集部・柳瀬
なるほど。シャッターを開けずに賑わいをつくる方法として、ウォールアートが生まれたと。
ボンドさんが佐賀エリアを中心にアーティストを招聘してプロデュースしている
ボンドさん
ええ、多久市には景観条例がないため実現できたという背景もあるのですが。ただ、せっかくやるなら観光資源のレベルにしないといけないと思ったので、プロのアーティストにちゃんと描いてもらうことが重要でした。
偏集部・柳瀬
計画段階で反対意見は出なかったのですか?
ボンドさん
やっぱりありましたね。でも一つ完成したら、うちにも描いて欲しいという人がどんどん増えました。自転車屋さんだったお店には自転車を、ジャズバーの外壁にはジャズバンドの絵をと、お店とアーティストをつなぐのも僕の仕事かなと思っています。
ボンドさん自らのアート。間もなく30箇所の壁画が完成し、ひとつの町歩きコースが誕生する
アートとサイエンスをつなげ、医療を支援する
偏集部・柳瀬
おっしゃっていた活動の軸のひとつに医療というものがありましたが、これからはどのような活動をされていくのでしょうか?
ボンドさん
いま西九州大学のリハビリテーション学部でボンドアートセラピーの講義をしたり、学生の卒業研究にボンドアートを取り入れたり、作業療法士の教育にも役立てています。初めて大学の方と知り合った時に、ボンドアートってセラピーとしていいんじゃないという話で盛り上がりまして。
偏集部・柳瀬
とても精神が統一されるような感覚を感じました。
ボンドさん
妻が作業療法士という精神や発達にハンディキャップを持たれている方のリハビリの先生をしていることもあり、アートセラピーというかたちで医療を支援することができないかなと、医学的な研究の分野にも興味を持つようになりました。
壁にかけられた絵はボンドさんの代表作。夢中に絵を描いている人がすべての絵におけるモチーフだという
偏集部・柳瀬
確かにアートって感覚やセンスで片付けられがちだと思いますが、なぜ絵を描くという行為が心身にいいのかというのをデータや数値で示すことができれば、より多くの人達に興味を持ってもらえそうですね。
ボンドさん
そうなんです。それから、ハンディキャップを持たれている方の中には、ものすごいアートを作られる方もいらして。絵で食べていきたいという方もいるので、そういう作品のプロデュースにも取り組んでいきたいと思います。それから、アートセラピーの施設も将来つくりたいですし、やりたいことは山ほどあるんです(笑)。
偏集部・柳瀬
ボンドアートだけでなく、アートを軸にいろんな表現と貢献を目指されているんですね。
ボンドさん
一つ一つ形にしていくには僕がもっともっとアーティストとして影響力を持たなくてはいけないので、目の前のことを一つずつ丁寧に取り組んでいきたいです。
たくさんの夢を語ってくれたボンドさんは、アートの力とその可能性に取り憑かれた偏愛家だ。
取材終わり間際に口にした「夢って叶える必要もないのかなと思います。」というフレーズも印象的であった。
絵を描くプロセスが大切であるように、夢を叶えるために一生懸命何をしたかというプロセスこそ大切ということだろう。
一緒に夢を追いかけてくれる人に感謝すること、絶対に諦めないこと、夢を口に出して伝えること。この3つをやり続けることができれば結果的に夢は叶うとボンドさんは語る。
夢に向かう強さが欲しい時、ボンドバはあなたの背中をきっと押してくれるはずだ。
聞き手・文:柳瀬武彦 / 撮影:小田垣吉則
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