【インタビュー】インターネットを愛し、愛された男 | ライター・荻窪圭

日本では「古臭い」という言葉がある。

カレンダーが捲れる速度と比例して、淡々と進化してゆく技術。古いものは淘汰され、新しいものだけが求められるこの時代に、先人は何を思うのか。「インターネット」が普及する以前と、その後を追いかけ続けたライター・荻窪圭さん。その活動は物書きだけに留まらず、「古道研究家」としてタモリさんをも案内した彼の人生を覗いてみた。

きっかけは、雑誌編集部にネタを持ち込んだこと

―現在、文筆家・写真家・古道研究家など、多岐に渡る分野でご活躍されているんですね。「書く仕事」は、今だとウェブ媒体への寄稿がほとんどですか

荻窪圭さん(以下、荻窪) 年々、対象は変わってますけども、時代の変遷に従って書いてますね。最近だと、『ITmedia Mobile』さんにiPhone7についての記事を寄稿しました。

参考:「iPhone 7」のカメラはどこがどう進化したのか | IT media Mobile

―経歴に「パソコン雑誌のライター」と記されてますが、もとは雑誌で書く仕事をされていて、そこから時代と共にウェブに推移した、と。そもそもなぜ「書き手」になろうと思ったんですか?

荻窪 きっかけは、学生時代にパソコン買ったことなんです。パソコンがね、20万円ぐらいした時代(当時の20万円はとてもじゃないくらい高額だったとか)。お金のない学生時代に、そんな高額なものを買ったもんだからさ、モトをとろうとプログラムを書くことにしたんですよ。それを、パソコン雑誌の編集部にネタを持ち込んで、プログラム自体はボツになったのだけど、別件で運良く1ページいただけたことが、書く仕事のきっかけです。

―すごい発想ですね。「パソコンを買ったから、プログラムを書いて、雑誌の編集部に持ち込みだ!」なんて……ありえないです!

荻窪 ははっ。今だと、ブログで誰でも発信できるけど、当時は雑誌しか手段がなかったから。んでね、パソコン雑誌のライターをしてるうちにデジカメが発売されたんです。それが、1996年くらいかな。当時は本当に面白くってね、「デジタル」と「カメラ」、どちらも詳しい書き手って過少でさ。だから、勉強しながらいろいろ書くわけですよ。

―それが写真家としての第一歩になったと。

荻窪 そうそう。デジカメの仕事をするとなると写真も撮らなきゃいけないでしょ。自転車が好きだったこともあって、晴れの日は自転車ででかけては各所で写真を撮ってたんです。地図を広げながら、「今日はこの道を走ったな」とか「今度はこの道を通って、ここ行ってみよう」とか、それがすごく楽しくって。

それでね、大きい道路は空気が汚れてるから、なるべく裏道を探して走ってたんですよ。そこで「古道」と出会ったんです。どうせやるなら突き詰める主義で、地元の人も知らないような古道を知りたくなって。それから、各地域の一番古い道を探して、「世田谷古道地図」ってサイトを立ち上げました。もう閉鎖しちゃいましたけど、そのサイトをきっかけに『東京古道散歩』を出版することになったんです。

―執筆、撮影、出版……そうこうしていく内に、いろんな仕事に触れるようになったんですね。

荻窪 そう。自分が面白いと思って進んだ結果が”今”ですね。

―ちなみに、本を出版されたのはいつ頃なんですか?

荻窪 出版が決まったのは2009年のことでした。

―その頃って、SNSやブログサービスが徐々に立ち上がり始めた頃ですよね。言い方が悪いかもしれませんが、そういったWebサービスの流行にあやかって情報発信を始めたのでしょうか?

荻窪 いや、初めて自分のWebサイトを立ち上げたのが1995年ですから、そうでもないんですよ。

―その当時からインターネットで自己発信されていた、と。

荻窪 IT業界のライターということもあって、してましたよ。今でも、新しいものが出るととりあえず手を出さないと気が気じゃないというか(笑)。

―そうした経験を経て、現在も雑誌に寄稿されたりなど活動されてる……素晴らしいですね。

荻窪 もう雑誌は売れない時代ですからね。だから今は、ウェブ媒体への寄稿が中心です。紙雑誌への寄稿は、カメラ雑誌ぐらいかな。

「未来」に心躍らせ、「歴史」に想いを馳せる

―プロフィールに「タモリ倶楽部に出演」とありますが、これにはどういったきっかけがあるのでしょうか?

荻窪 「東京古道散歩」という本を出した数年後に、スタッフさんがそれを見つけて、声をかけてくれたんです。突然「タモリ倶楽部ですが」とメールが来て、びっくりしました。タモリさん、こういうの好きですしね。あのときゲストで来て下さった漫画家の江川達也さんとは今でもFacebookでつながってます。

本を書いた当時はまだ紙の資料が中心でしたが、今は国立国会図書館が、古い資料をデータベース化して誰でも簡単に古地図などを見られるようにしてますし、iPhoneの性能も上がって、優秀な地図アプリも出て、GPSログも取れるようになりました。だから、歴史の専門家じゃなくてもITを利用することで、様々な資料に当たって本格的に調べられる時代になったのが大きいですね。

―…失礼ですけど、今おいくつなんですか……?

荻窪 今年で53歳です。

―ええっ! その年代でここまでITリテラシーを培われていることに正直驚いてしまいました……。

荻窪 その気になれば、IT系の知識やパソコンの操作をちゃんと吸収できた最初の年代なんですよ。当時20代だった僕らのもとに、それらは突如として現れたわけですから、意欲的に学ぼうと思えばいくらでも学ぶことはできたと思うんです。でも、それができない人たちは、自業自得ですよね。

60代以降になると、もう仕方ないと思うので、僕らが丁寧にフォローしなくちゃいけないと思うんですけどね。でも、40~50歳の人でITに乗り遅れている人は、損してるなって思います。

―説得力が半端じゃないですね。ちなみに、パソコンに興味を持ったきっかけって何があるんですか?

荻窪 そもそも僕、工学部の数理情報工学科って学科を卒業したんですよ。その理由は「未来がおもしろそうだったから」。当時パソコンが普及していない時代に、「プログラム」なんて言葉をきいたもんだから、「ここに未来がある!」なんて思ったんです。「これからはコンピュータが面白い!」って。それがきっかけでした。

―それは高校生の頃に?

荻窪 そうです。今の若い世代は知らないと思いますが、私たちが小学生の頃「大阪万博」という日本中が熱狂した大きなイベントがあったんですよ。そのイベントで、「未来は科学技術でどんどん発達する!」とうたっていて。だから、僕らの世代は「未来」が楽しみで仕方なかったんですよ。

―みんなが「ドラえもん」で描かれる未来都市のようなイメージを想像していたんですね。

荻窪 そうそう。あれが典型的なイメージですよ。当時はどの少年誌でも「科学技術が発達した未来」を描いていて、そういったものを読んで、学生時代を過ごしていました。今できないことが未来になったら可能になるというイメージは、きっと70年代の子どもならみんな思ってたはず(笑)。

―IT業界なんて、10年あればごろっと変わりますよね。

荻窪 時代と共に、メディアが形を変えていくので面白いですよね。

―「インターネット」が世間に浸透する前……初期の頃からずっと追いかけていたんですよね。当時のことをもっとお聞かせいただけますか?

荻窪 石川さん、今おいくつですか?

―1994年生まれで、今年で22歳になります。

荻窪 なるほど。じゃあ、物心ついたころにはいろんなウェブサービスが存在していた時代ですかね。

―はい。当時小学生だったら僕ら世代は、既に携帯電話も普及していて、サービスだと「モバゲー(現:DeNA)」や「mixi(株式会社mixi)」が流行っていました。

荻窪 そう考えると、まだ「インターネット」が普及しきってはいない頃かも。僕らの世代、90年代は、自分のホームページでも100PVいけばすごかったんですよ。アップロードする写真もすごく小さくてね、縮小しないと表示に時間がかかって、全然読まれなかったんですよ。

―サーバー代(固定電話代)もバカにならなさそう。

荻窪 そう。だからいかにテキストで読ませるかが勝負どころだったんですね。当時の人間からすれば、「最近の記事は写真が多すぎだよ!」なんて思っちゃいますよ。

―あははははっ! たしかにそうですね。

「インターネット」「写真」「古道」…このすべてが、荻窪さんの中で必然的につながっているのがまたおもしろいですよね。

荻窪 そういえば古道についてあまり詳しく話せてないですね。地形の面白さは、目の前にある道から歴史を感じられるところにあるんですよね。日本史の教科書では、「江戸時代」「幕末」なんて言葉でくくられて、細かな情報はほとんど載ってないんですよ。だけど、道(土地)をつくったのは、その時代の人たちで、「苦労してこの川を渡ったんだろうな」って考えると、本当に奥が深いんです。

―学校では教えてくれない視点ですね。

荻窪 この本(東京古道散歩)を書くことになって、東京の地形に詳しい人と会う機会が増えたんです。その話を聞いていくうちに、歴史がどんどん結びついていってね。そうすることで、「点で追う歴史」よりも詳しく見えてきます。

―いつも自転車で古道を巡られるということですが、徒歩や車でないのには何か理由があるのでしょうか?

荻窪 「距離」ですね。「道」はある程度距離を移動しないと感じ取れない部分がありますから、そうした場所を移動するとき、長距離の移動ができて面白そうなものが目に付いたらすぐ止まれる自転車がちょうどいいんですよ。

―フットワーク的にもすごくいいんですね。

荻窪 何もない道を30分かけて歩くよりも、自転車で5~10分で移動すれば、何か見つかります。何もなくても古道特有のゆるいカーブとか、その起伏とか、自転車だと良いリズムで感じることもできるんですよ。

歩いていると気づかない、車だと速すぎて見えない場所もある。あっ!と思ったときにすぐ止まることができる自転車がちょうどいいんです。

―こうしてお話を聞いていると、みんな楽しみ方が分からないだけなんだと感じますね。

荻窪 楽しみ方は、人それぞれでいいんですけどね。同じ道を歩いていても人によって観ているものは全然違うんです。自分の視線にあった楽しみ方を見つけるべきだと思います。わたしはたまたま「古い道」に辿り着いたというだけです。

目に映るものすべてにニュートラルな姿勢で

―いまチラっとスマホのホーム画面が見えましたが、「ポケモンGO」もされてるんですね!

荻窪 当然やってますよ。「Snapchat」や「SNOW」なんかも入ってます。

―それは、意識的に若者向けアプリにも触れるようにされているんですか?

荻窪 ポケモンGOは普通に楽しんでます。「SNOW」は女子高生の姪っ子が勧めてくれて落としただけでほとんど使ってません(笑)。

―ふふふ、いい叔父さんですね。

ここまでお話を伺ってきましたが、荻窪さんのこれまでの仕事は、ご自身の人生にとって、どういった価値をもたらしたと思いますか? 人生観などについて、簡単にお聞かせいただいてもよいですか。

荻窪 経験上、自分が面白そうだと思ったことを遠慮なくやると、儲かりません(笑)。だけど僕の人生においては、お金よりも「楽しいほう」に価値がある気がしていて、自分の欲望にはあまり遠慮せず生きてきました。古道にハマったときには、古本屋にいって古い地図や古い資料とか、値段に驚きながらも、つい買ってしまったり……。でもそういう経験もふくめて宝物だと思うんです。

―失礼ですが、もし余命1ヶ月だとしても、同じことは言えますか?

荻窪 まったく後悔はありませんね(笑)。人生のうちにやっておきたいことは、一通りやってきたので。友達にも、「タモリ倶楽部いったんだから、もういつ死んでもいいだろ」なんてからかわれたり。

―潔さがかっこいいです。

荻窪 「やりたいことをやる」とは言っても、なぜハマるのかというのも大事ですよね。「他人がやってるから」とか「世間で流行っているから」とかではなく、自分のなかで「これは面白い」と思えるものにハマれ!というか……(笑)。

―荻窪さんから見て、ネットが普及したことでよかったと感じる点はありますか?

荻窪 昔は、何かにハマっている人の存在が、ひとくくりで「ギーク(オタク)」と呼ばれて変わり者扱いされていたんです。だけど日本中のどこかに自分と同じテイストをもった人が絶対にいるし、今は、ネットを使えば簡単に見つかります。TABICAのまち歩きもそう。人を集めて街歩きをしようとなったら、同じテーマに興味を持つ人を探すのが大変でした。たとえば雑誌に載せるしかなかった。それだとその雑誌を読んでいる人にか知ってもらえないので、外に広がりにくいじゃないですか。

でも、ネットだったら、いろんな人の眼に止まりますし、情報のシェアで広がりますから、必要な人に届きやすいんです。そうすると、一見ニッチなジャンルでも、必ず仲間はいるわけですから、人が集まりやすくなりますよね。昔だったら10人、20人集めるだけでも大変だったのに、いまではネットがあって、そこに口コミが加わればどんどん集まる。一般の方にリーチしやすくなりました。

―いわば、僕と荻窪さんの関係も、インターネットを通した出会いですね。

荻窪 そうですね。よく、「ネットのせいでひとが直接合わなくなった」なんて言われるけど、それも逆だと思います。ネット上でイベント告知があれば、そこで出会いがあったりしますからね。「ネットのおかげで人がより直接会うようになった」と感じてます。私のような年代でも、そうして集まることが多いです。

―……時代ですか。

荻窪 時代ですよ。社会に普及するものは、時代を変えるんですよ。

この記事を読んだあなたへ

 
tabica
TABICAでは、「この体験が、旅になる。」をコンセプトに、農業体験やものづくり体験、街歩き体験ができる着地型観光を提供しています。「人と人を繋げる」という点に特化した、よりローカルな暮らしを体験できるような企画内容となっていますので、日常ではちょっと味わえない体験に参加してみませんか?
詳細はこちら