【インタビュー】これからを活きる編集者の、枠にとどまらない地学への想い | 編集者・小林政能

「境界線を辿ると、今は無き昔が見える」。そう語るのは、理学博士にして「境界教会」主宰である小林政能さん。彼に見えている世界は、我々とどう違っているのだろうか。山と川、県と県、仕事と趣味……地形の話を訊きながら彼の中にある境界線を探った。

自然のつくった造形に魅せられた

―早速ですが、小林さんの現在のお仕事について、教えてください。

小林政能さん(以下、小林) メインでやっている業務は、「地図中心」という月刊誌をつくっています。地図好きのための月刊誌をテーマにしていまして。噴火のあった大島を特集したり、最近なんかは、宮沢賢治なども。

―宮沢賢治ですか? 「銀河鉄道の夜」の?

小林 はい。一般的には宮沢賢治は作家として有名ですが、実は石のことや地学、地質のことにもものすごく詳しくて。普通のひとが抱いているイメージにはない宮沢賢治を掘り下げる、なんていうこともしました。

―現在の仕事についた経緯を教えて下さい。

小林 大学時代、地学を専攻に、地形の勉強をしていました。それから航空測量の会社にはいりました。そのあとに、日本の地形図をつくる国土地理院で仕事をして、現在は日本地図センターで、月刊誌の編集業務させていただいています。

―地学、地形に興味をもったきっかけは?

小林 きっかけは、いまでも鮮明に覚えています。小学生のとき、北海道に旅行に行ったことがあって、そのとき昭和新山にある有珠山という山が噴火をして、遠目からその様子を見ることができたんです。火山ってすごいな、と感動しました。それ以降は興味をもって、中学や高校も、地質部という部活があったので入部していました。化石や岩石のことを知ったり。

大地のパワーというか、火山のすごさに魅力を感じたのがきっかけですね。いまの年齢になっても、火山の話を聞くと子供みたいに胸が高鳴ります。

―現在、東京を仕事場にされているのは、地形的な興味があったからですか?

小林 いや、地図に関する(自分のやりたい)仕事が東京のほうに多くて、結果的に東京に住むようになりました。地形的な興味で、住む場所を変えるということはないですね(笑)どこも住んでいるうちに風景が変わったりとか、そういう楽しみもあるので、ここというこだわりはないです。

―そうなんですね。発酵に関心をもっている方がいるんですけど、その方は細菌を研究するために標高の高いところに住んでいるという話を聞いていて。そういう意味では地学を研究するにあたっては、住む場所は限られませんよね。

小林 山の地形に興味をもっているひとなら、山の近くに住むとか、海の地形に興味があれば海の近くに住む、というのはあると思いますが、僕の場合は興味のある地形を限定していなくて。僕のように広い範囲から地形を研究していくひとと、特化した地形から、派生してほかの場所、地形の研究を広めていくというひともいたり。アプローチの違いがひとによってあります。

―そんな小林さんは、地学のどんなところを愛していますか。

小林 自分の中身と対談する機会がなくて、はっきりとは表現できませんが、自然のつくった造形に、大地のパワーをすごく感じます。地球ってすごいなと、そのたびに実感できるし、それを研究する(たとえば地元で農業にも触れてきた宮沢賢治など)ひとが自然と関わっていく姿にも魅力を感じます。

―なるほど。だからこそ、街歩きでも地形と人が関わっていくものにしているんですね。

小林 そうですね。土地と土地の「境界線」をテーマにやらせてもらっているんですけど、境界線もつきつめれば、人間が勝手に引いた線にすぎなくて。そこに、どうして境界線をひこうとしたのだろうと興味も生まれてきます。たとえば、今は川じゃないけど昔は川だったところが、境界線になって残ってたりとかいう場合もあって、今では見えない地形も実は、境界線を頼りにしてくと見えてくるという発見があります。どうして川を埋めたのだろうとか、いろいろな切り口で物を考えられるから、面白いなとは思います。

―明治時代の地図と、いまの地図を見比べる、とか?

小林 そうですね、今回TABICAさんの街歩きでも区境の話をテーマにします。場所によっては江戸時代で使っていた境(例えば大名の土地と、寺社、お寺、神社の土地、その町人の土地というのが明確にわかれていました)が、区境に残ってたりすることがあるんですよね。そういうのに行きあたるとなかなか面白いかと。

今回のコースは昔の外堀ぞいを歩くこともあるので、本来そこは水があった場所なんですけども。地形にはある程度その名残があるので、頭のなかで昔の光景をイメージしていく楽しさもあります。

地形や地図は、さまざまな楽しみかたを生む。

―今の仕事は、ご自身の人生にどういった影響をもたらしていると思いますか。

小林 常に幸せをもたらしてくれています。本来の自分がしたいと思わないような仕事に就いているかたは、世の中たくさんいると思うんです。そんななかで、好きなことを仕事にすることができているので、自分は幸せな人間なのではなかいと自覚することはあります。小学校という早いタイミングで地学を好きになるきっかけをつけめたのも、良かったというのもあると思いますし。

仕事ではありませんが、ほかにも趣味の活動として、「境界協会」というものにも所属していまして。

―きょうかいきょうかい?

小林 街歩きの内容にも似てくるんですが、協会のフィールドワークとして、地図を見ながら区境を歩くことをしています。最近は40人以上が集まってくれたこともありました。

あとは仕事のひとつですが、地図の話をしながら宴会をやるというイベントも開催しました。「地図ナイト」という名前のイベントで、「日本で唯一、「地図」を肴に酒を飲める場所」というコンセプトで、年に2、3回、100名前後が集まって行っています。

―雑誌の地図中心や、境界協会に地図ナイトと、なんだかキャッチーな名前が多いですね(笑)

小林 僕がいま興味を持っているのが、まさにそこでして。どういう風に、一般の方に地図の面白さを広めていけるか。

▲小林さんらが発行する雑誌『地図中心』

自分の街歩きの企画でも、初めて来ていただいた方でも、「楽しめた」という声をいただけることが多くて。きっかけさえつくることができれば、普段住んでいる街の見方が変わるとか、視点を変えて観察して、普段の中から違うものが見えてくる、なんていう楽しみを提供できると思っています。

広めていくという意味では、自分がもうひとつイメージしているのは、科学のでんじろう先生のようなこともどんどんしていきたいです。実際、宇宙センターというところで子ども向けに地図教室をすることもあって、そこでは地球儀を手作りして、学びを提供するような活動をしています。

―地球儀づくりですか。面白いですね。子どもじゃなくても参加したくなる。

小林 基本的には親子で参加してもらっています。なかでも親御さんに受けたのが、日本地図、世界地図と、それからスーパーマーケットのチラシを持ってきてもらって、「スーパー地図」というものをつくったイベントがありまして。

―スーパー地図、ですか。

小林 チラシの食品には、産地(地名)が書いてあるんですよ。それを切り抜いて、地図と同じ場所に貼っていくんです。そうすると、自分が普段食べているものが、どこからきているものなのかがわかるようになる。

例えば、国内以外で、タコがどこから生産されているかわかりますか? アフリカのほうなんですよ。モーリタニアという国があって、そうすると親御さんにもわからないんです。モーリタニアとか、場所浮かばないですよね?

―ぜんぜんわからないですね(笑)

小林 そういう国があるのということを知ったり。そこから派生して、モロッコやアフリカのタコ料理は、日本の人が技術指導で行ってからタコ料理が始まったという、そんな話もできたり。親御さん的には、今まで値段しか見てこなかったチラシを、産地まで見ることで新鮮な見方ができるようになる。北海道で水害があったとき、北海道からきている水産物が高くなる、という事実がわかったり。

こんな感じで、地形や地図を通して、いろんな気づきが得られる機会をつくりたいです。

―見方や切り口の方向が、とてもクリエイティブです!

小林 見方や切り口を変えることで、地図にはいろんな魅力あることに気づけます。

地図を通して、一工夫一手間やるだけでも、物事が全然違って見える。そういう面白さがあることが、仕事をやるうえで、僕の一番の自信ですね。

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