まちに開かれた学問寺で
暮らしの中にある、仏の教えを再発見する。

埼玉県三郷市にある高応寺の住職・酒井菜法さんは、どこか敷居の高いお寺のイメージを明るく身近なものへと刷新するべく、さまざまな取り組みを行っている。若き住職と過ごす半日は、暮らしをリフレッシュするひとつのきっかけになるかもしれない。

酒井 菜法さん

ホタル舞う400年の学問寺 埼玉県三郷市 高応寺へようこそ。サラリーマン夫と3人の子供の育児に奮闘しながら、住職をしています。お寺でホッとママ僧侶とお話しませんか。長いの歴史を持ち、ホタルや天然記念種の森青蛙が生息する自然豊かなお寺です。

住職の生活感を垣間見る

JR三郷駅から住宅地の中を6分ほど歩いたところに高応寺はある。鮮やかな果実が実り、大きな白鷺が舞い降り、初夏にはホタルも舞うという豊かな庭園を進んでいくと、趣あるお寺と眩しい笑顔が迎えてくれる。

 

ホストの酒井菜法さんは高応寺の住職を2015年から務めている。
この寺の娘として生まれ、9歳で僧侶に。仏教系の大学を卒業後、一般企業への就職も考えたが、自分のまっすぐな気持ちと向き合った結果、この高応寺へと戻ってきた。

住職となってまだ数年だが、介護や教育の支援、がん患者さんが家族と遊びに来られる『がんカフェ』など、精力的な活動を通じてお寺のイメージを刷新してきた。そんな取り組みに注目が集まり、テレビなどさまざまなメディアにも引っ張りだこの、いわば仏教界の若き改革者だ。

「住職といっても、普通の女性と変わらないものです。子育てに悩みますし、家族と出かけるときは洋服でウィッグを被ることもあります。みなさんと同じ一人の女性なんです。」と微笑む。その自然体な姿は、格式高いお寺を居心地のいい空気で包んでいく。
「夫は営業職のサラリーマンです。お寺には直接関わっていないですが、一家の大黒柱として家族を支えてくれています。小学生の子どもが3人いるので、家事もとっても大変で。」
住職と聞くと別世界であるかのように思ってしまうが、酒井さんも一人の母であり、一人の娘だ。頭に落ちた葉を酒井さんのお母さんがはらうシーンは、愛にあふれる家族の風景そのものだった。

宗教や信仰に縁遠い人がほとんどの日本において、お寺に日常的に行くという人は多くないだろう。むしろ、どこか敷居の高いイメージすらあるかもしれない。格式高く伝統を守ることはとても大事。しかし、法事や葬儀でしか行く事がないお寺になってしまうのは残念な事だと酒井さんは話す。
「お寺は長い間、市民の安らぎの場でした。高応寺も寺子屋にはじまった学問寺で、いわば市民の学びの場です。そんな本来の意義を今の時代にフィットしたかたちで提供できるよう、わたしはお寺をもっと街に開いていきたいんです。あ、今日も子どもたちが夕方に帰ってきちゃうので、そろそろ始めましょうかね。」

対象は問わない、集中することが大切

いわゆる座禅体験などとは違い、“暮らし”を体験するのがainiのワークショップの醍醐味。お寺の中を案内してもらったあとは、スーパーマーケットへお昼ごはんを買いにいき一緒に食べることに。

「普段食事をするときって、テレビを見たり、スマホを触ったり、誰かとおしゃべりしたり、何かをしながらごはんを食べるということがほとんどですよね。今日は最初の2分間だけ、命をいただくということを意識してごはんを味わってみてください。」酒井さんがそういうと静かな昼食がはじまった。味の奥行き、いろいろな食感、作ってくれた人のこと。きっと、ゲスト一人ひとりが違った感情とともに、弁当箱を空にしていったはずだ。

「仏教において、気持ちを集中するということはとても大切です。それは仏に祈ってもいいし、例えばレーズンを噛み締めてもいいし、足の裏に伝わる地面の感触に集中してもいいのです。自分が感じていることにちゃんと気づくことで、自分を信じることができ、それは心の安らぎへとつながっていきます。」変哲のない食事でも、少し意識を変えるだけで新しいことが感じられる。日常でも続けていれば、少しずつ景色が変わってくるような気さえした。

姿勢からすべては整っていく

食事を終えたあとは、オリジナルのお守りを作るワークショップ。筆ペンを使って写経を行い、願いを書いて、折り紙に包む。それを本堂のご本尊や子どもの守り神として知られる鬼子母神様に祈願することで、お守りが完成する。酒井さんが南無妙法蓮華経と10分ほど唱える間には、ゲストたちも祈願に集中し、さっきまでの和やかな雰囲気とは一転して、とても神聖な時間が流れていた。

ワークショップの最後は、ウォーキングメディテーションと呼ばれる境内を歩く瞑想。一歩に10秒かけてゆっくりと足を動かすことで、歩くという普段無意識に行っている行為に改めて意識を集中する。近年仏教瞑想が心を穏やかにするということが科学的に証明され、アメリカを中心にマインドフルネスとして多くの企業にも導入されている。しかしそこには仏教の大切な教えが抜け落ちてしまったと酒井さんは語る。「仏教では、調身、調息、調心といって、姿勢を正すことで、息を整え、心を整えるという考え方があります。そういった仏の教えも含めた体験によって、忙しい日常を過ごす方々のストレスを少しでも和らげられればと思います。」


感じることで、暮らしは変わる

「いただきますと手を合わせたり、七五三やお墓参りに行ったり。日本の生活の中には、仏の教えがいろんな所に染み込んでいます。けれど形式だけが独り歩きしていて、その意味を改めて意識する機会はほとんどありません。神聖な空間で、普段意識していないことに改めて意識を向けてみる。その感覚をワークショップの中で体験していただければと思います。」

仏教には「八万四千の煩悩」という言葉があるように、人は一日の中で多くの考えごとをしている。しかし、考えていることに気がついていないことが多く、それがストレスにつながっているという。目の前のことに集中して、自分の感覚に気づく半日。気がつけばゲストたちはスマホに目もくれず、自分を確かめるように感覚を研ぎすませていた。

「いろんなイベントをやっているので、いつでも遊びに来てくださいね。」酒井さんは朝と同じ眩しい笑顔で送り出してくれた。お寺から家に帰る道すがら、ふと感覚に意識を集中してみる。アスファルトの感触、電車の音、空の色。ありふれた日常の風景がどこか新鮮に感じられる。新しい日常がはじまっていくような気がした。

Photo: 吉森 慎之介   Writer : 柳瀬 武彦

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